こんにちは、おふと申します。
「Jリーグ」の魅力を発信していきたいという、いちファンが勝手にサッカーの魅力を綴っていきます。
今回は新型コロナウィルスの影響で中断しているJリーグ。
中断中に「Jリーグを振り返る企画」を各メディアしているので、それに乗っかって「Jリーグ黎明期のヴェルディ川崎」についてという話です。
圧倒的なJのビッククラブ「ヴェルディ川崎」
僕にとっての「ヴェルディ川崎」
今回は「昔話」というか、あの時はよかったよねという…おっちゃんの感想みたいな感じです。
新型コロナウィルスの影響で「DAZN」や「NHKBS」などが「もう一度見たい名試合」という感じで昔の試合を放送してくれています。
これがおっちゃんの僕には刺さるんですよね。
「DAZN」で厳選された昔の名勝負を視聴できるようになるみたいなので、これは注目だと思います。
僕がサッカーを好きになり始めたのが、世間が騒ぎ始めた「92年のナビスコカップ」でした。
子ども心にすごい事が始まるのではないかとわくわくしていたのを覚えています。
そのJリーグ黎明期における「ヴェルディ川崎」というクラブは特別なクラブでした。
「キング・カズ」を擁する圧倒的なビッグクラブ!
もともとの「読売クラブ」で経営母体は「読売新聞社」。
Jリーグが始まる前の感覚で言えば、プロスポーツと言えば「野球」だったので、そのまま「サッカー界の巨人軍」でした。
「読売クラブ」はJリーグが始まる前に「プロ選手」がいないはずのJSL(Jリーグの前身」)において、「プロ契約」をばんばん行っていたクラブで…なんとなくずるいクラブだなっていう感覚を子ども心にもっていたような気がします。
この感想はJリーグ開幕しても変わらず…口を悪く言うのであれば「死ぬほど大嫌いだったヴェルディ川崎」でした。
現在から「Jリーグ開幕時のヴェルディ川崎」を振り返ると…
「死ぬほど大嫌いだった」という表現が行き過ぎかもしれませんが、そのくらい「強く」「したたか」で「魅力的」なチームだったのが「93年のヴェルディ川崎」でした。
関西に住んでいる僕にとっては「判官びいき」な意識があり、絶対強者だった「ヴェルディ川崎」は「アンチ」の対象でした。
「巨人軍」のように…。
ただ、「ヴェルディ川崎」がいたから「Jリーグ」が好きになった点もあります。
当時「ヴィッセル神戸」は結成前で、なんとなく贔屓クラブが「名古屋グランパス」「鹿島アントラーズ」だったのでわかりやすい王者がいたことはJリーグの構成がわかりやすかった。
それになんと言っても、ヴェルディで斬新だったのが「ユニフォーム」。
92年のナビスコカップの時の「深い緑」の読売クラブを踏襲したユニフォームも憎らしかったですけど、93年開幕時の「派手なスイカユニフォーム」はまさにヴェルディという感じがします。
王者といえば、スイカユニフォームだったと記憶しています。
DAZNさんが当時の試合をYouTube動画にあげていたのでご紹介します。
浦和が可哀想になるくらい、ヴェルディが躍動した試合です。
「カズ」「ビスマルク」「北澤」「ラモス」とものすごく魅力的なメンバーが集結していました。
「日本代表選手」と「ブラジル人」のビッククラブ。
Jリーグで圧倒的な存在感がありました。
当時はヴェルディ川崎こそがJリーグだったと思います。
データから視る「93年のヴェルディ川崎」(ミルアカ)
そんなビッククラブ「ヴェルディ川崎」について、データからサッカーを読み解く「MILKサッカーアカデミー」が特集をしていました。
※「続・あの頃のヴェルディ」というタイトルで「94年のヴェルディ川崎」の動画もあるので、もしよければご覧ください。
この「MILKサッカーアカデミー」の動画をご覧いただけると、前述した「僕のヴェルディ川崎の感想」が上辺だけだったのがわかります。
データから視ると、当時から問題を抱えていたクラブだったんだなと…。
実際にヴェルディ川崎の成績を調べてみると
- 93年 Jリーグ年間優勝(2位:1位)
- 94年 Jリーグ年間優勝(4位:1位)
- 95年 Jリーグ年間2位(2位:1位)
- 96年 7位
- 97年 Jリーグ年間15位(16位:12位)
「ヴェルディ川崎」が「ビッククラブ」という認識を僕は持っていたのですが、実際に輝いていたのはJリーグで言うと「93年~95年」のたった3年間。
もっと長い期間、Jリーグに王者として君臨していたと思っていましたが…
「所属選手構成」や「チーム方針」をデータから解説してもらうとそうなっていく要因が当時からあったことがわかります。
ヴェルディはその後、「東京移転」「読売新聞社撤退」など苦しいシーズンを送る事になります。
「ヴェルディ川崎」への親近感
Jリーグ開幕当初「死ぬほど大嫌いだったヴェルディ川崎」に、数年後の僕は親近感を持つようになります。
チャント「Come on Verdy」を口ずさむくらいには。
それはなぜかと言うと…
ヴィッセル神戸は97年くらいから「川勝良一監督」を迎え、「川勝路線」を進みだします。
「川勝路線」は川勝監督の古巣ヴェルディ出身選手を獲得してくるパターンが多く、ヴィッセルの中では成功したプロジェクトでした。
その流れは「松永英機監督」時代にも引き継がれ、ヴェルディ出身選手が神戸にやって来る事になります。
神戸に所属したヴェルディ出身の選手
- 三浦知良
- 三浦淳宏
- 三浦泰年
- 長谷部茂利
- 菅原智
- ビスマルク
なかなかの顔触れでしょ?
特に三浦淳寛SDは今の神戸には欠かせない支柱です。
新型コロナウィルスの影響で「Jリーグを振り返る」企画を各メディアで取り上げてくれているのはある意味でよかったような気がします。
僕も僕の視線で「Jリーグを振り返る」企画をやっていけたらいいなぁと思っています。
サッカーマガジンの素晴らしい企画「J前夜を歩く」が面白い
サッカーマガジンさんが面白い企画をしていたのでご紹介。
サッカーに人気がなかった「JSL」時代の事を書かれているコラムです。
「川淵三郎」さんや「岡田武史」さんの現役時代って想像もつかないじゃないですか。
その頃の貴重な話をコラムで紹介してくれています。
「ジェフ千葉」や「柏レイソル」「セレッソ大阪」など「JSL時代からの強豪」のファンにはたまらない内容だと思います。
さらに今回話題にされてもらった「読売クラブ」についてもコラムがあるのでぜひご覧ください。
**************************************
ヴィッセル神戸に関するブログはこちらに沢山あります!
ぜひ、他のブログもチェックしてみてください。